本田宗一郎さんの思い出・@AB
@:今となっては随分昔のことだが、昭和40年代に本田技研が研究所を創った。仕事で関連があったのでしばしばここを訪問した。本田宗一郎さんは時折、研究所にやってきて、若い研究員たちと楽しそうにわいわいやったおられた。本田さんは会社創業のころ、ぼやぼやしているとスパナで頭をゴツン、という話は有名だった。幹部の研究者は楽しそうに、研究員は頭の骨が強くないと務まらない、などと冗談を言って本田さんをおやじとよんでいた。
A:こんな話も伺った。ある日、本田さんは何かで怒るりだし散々みんなに文句を言った日の午後の事
≪あれは悪かった。みんなにバーベキューを奢るから、椿山荘に行こう≫ 研究所の全員、仕事をやめて椿山荘でバーベキューという事になったという。
B:新社長紹介式の型破りの挨拶
本田さんはかなり若い内に、パッと社長を辞めて河嶋さんに社長の座を渡された。その河嶋さんまた、かなり若いうちにパッと次の00サンに社長の座をバトンタッチした。その時の社長交代の式に、私も招かれた。まず驚いたのは、当時すでにかなりの大企業になっていた本田技研だから,招待客の人数も2千人くらいかなと想像していたら、なんとせいぜい300人くらい。
社長紹介の挨拶は本田さん。その挨拶には本当に驚いた。あまりに凄いので、かなりはっきりと本田さんの言葉とおりを覚えている。
≪私が本田技研を興しましたが、社長としてはかなりいい加減でした。しかし、従業員が皆よくやってくれたので奇跡的に潰れないで、河嶋にバトンタッチしました。この河嶋も社長としては私と同じでいい加減な経営だった。しかし、皆がよく働いてくれました。さて、今度の社長000はもっといい加減な男です。だから本田技研はこのままではあぶない!どうかご来場の皆さん、この男を助けてやってください
≫
普通の会社就任式の挨拶だったら、新社長の履歴とか業績などをくどくど述べてカッコ良いことを言うのにとびっくりして、本田さんの言葉をかなり正確に今でも覚えている。